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(あーーーー)
 ぼくはそろそろ死ぬようだ。

 彼は大の字に寝転がってスクラップにふちどりされた空を見あげた。すがすがしいくらい青く広がりやがって、F××××××k、おまえもぼくを笑っているのだろう。
(あーーーー)
 寝返りをうとうとして、やめる。そもそも体をひねると腕が肩から外れてしまいそうだった。そういう気がした。
「あーあ」声を出したのは数時間ぶりだ。
 ここで月を見あげて白む空を見あげて朝陽に照らされた。一晩を大の字で過ごした。彼のワイシャツとスラックスは皺の模様が走っている。
「ああ……」
 もうどうでもいいと彼は思った。もうどうでもいいのだ。このまま死んでしまうのだ。否、死んでしまいたい。「……」彼は人相の悪い顔をさらにしかめて虚空を睨んだ。むっと閉めた口はいじけた小学生のようであった。
 彼は昨夕、想い人に告白をした。不器用で無愛想で口下手で人相の悪い彼の一世一代の告白であった。彼女は美しい女性で、光をまとった亜麻色の髪を柔らかに揺らして笑う顔がなによりも可憐であった。出会いは彼女が駅の入り口で酔っ払いに絡まれていたところを彼が助けた深夜である。一ヶ月のことであった。不器用な彼は、絡む酔っ払いと絡まれる彼女に無言で近づき、無言で酔っ払いの脂ぎった頬に拳を振りかぶった。そして逃げた。無言で、彼女の腕を引いて、走って逃げた。駅の駐車場まで走り、戸惑う彼女を口下手ながらに気遣い、最寄りの駅までバイクで送った。彼女に貸したヘルメットは妹のものであった。
 彼女は去り際に連絡先を交換してほしいと言った。お礼をしたいからと。彼は無愛想ながら携帯電話を取り出し、そうして縁が生まれた。
 それから彼女との交流が重なり、とうとう昨日がやってきた。それまでのあいだに、彼は恥を忍んで妹に相談し、妹に笑われ、笑いをこらえ切れない妹の震える声に教授されながらデートプランを組み立てた。その日の夜に少し泣いた。妹に笑い者にされるだけでは終われないとも思った。たとい彼女に振られてしまおうとも、あきらめずに告白を重ねようと思った。そして、昨夕である。
『ごめんなさい、あの……』
 振られたと思った。大丈夫、決意した通り、まだ好きでいようと思った。このくらいで折れる想いではないのだと。
『わたし、ニューハーフなんです』
 折れた。

(あー……)
 自分はゴミクズだゴミはゴミ置き場に行かなければと彼は昨晩からこの場所を陣取った。油のにおいが鼻につくスクラップ置き場であった。妹に笑われるくらいで情けなく泣くような男には恋など不可能であったのだ。彼は再びうっすらと涙を浮かべた。亜麻色の髪のサヨコさんの本名は冬治郎であった。
(腹が減った)
 餓死するのか。自らに問うてみたがぼんやりとした頭では青空に悪態をつくことしかできない。冬治……サヨコさんは料理が上手であったなぁと思い出した。泣きそうだ。腹が減りすぎて吐きそうだ。
「……」
 ゆっくりと起きあがる。節々が軋んでイテ、とかすれた声が漏れた。
「……」
 眉間にしわを寄せて汚れた手のひらを見つめる。死にたい。腹が減った。死にたい。
「腹減った」
 ボソリと言い聞かせるように呟き、彼はスクラップの真中に立った。ワイシャツとスラックスを払いながらとぼとぼと歩き始める。この時間ではまだ喫茶店も開いてはいないだろう。コンビニでサンドイッチでも買って、その辺で食べよう。
 雨が降ればいいのにと、夏梅啓悟は思った。



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