ごめんなさい、眠れないんです。わたしの話を聞いてくれますか? 返事も相槌もいりませんから、あなたの耳だけ貸してください。かたちだけ聞いてくれれば、本当に聞いていなくてもいいですから。
まっくらの部屋でまっくらな空間を見詰めて考えていたことがあるんです。わたしがいま存在していること。「わたし」の意味。絶望的でした。わたしは「わたし」を必要としていなかったから。それでも死のうと思わなかったのは、わたしの生死に関係なく世界がまわっていくのをわかっていたからです。それってつまり、生きていても死んだのと変わらないってことでしょう。みんなもう死んでるんです。
ずっとずっと考えていたと思っていたのに、部屋はまっくらなままでした。カーテンを閉じていたからかと思って開けてみても外はまっくらで、まだ夜なのか、もう一日が過ぎたのか、よくわからないまま、わたしはまた布団にもぐりました。カーテンは細く開いたままでした。
眠れないわたしはまた考えました。絶望的な「わたし」に、仮に意味を持たせるのならと。生物なんてみんな絶望的だと思います。世界からすべての生物が消滅しても朝がきて夜がきて朝がきて夜がくるんです。だからみんな死んだってこのままだって変わらない。それなのにどうしてこうして呼吸して動いて眠って考えているのかって思って、考えて、なんとなくわかったんです。生物はなにかを必要として、なにかに必要とされて、そうして存在しているんです。存在する場所がこの世界でなくたって、きっとそれは変わらないんです。
でもわたしには必要とするなにかも必要とされることもありませんでした。ずっとまっくらな部屋でカーテンをめくって外を見てノートに迷路を作って解いて遊んでいたから。楽しくもなかったけど時間が早く経ったから気楽だった。ただこうしてわたしではないなにかが必要であることがわかって、だからわたしは外に出てみようと思いました。カーテンのすき間から橙色の光がさして、朝だとわかりました。わたしは結局また眠れないまま夜を過ごしたのだと気づきました。
外に出たら見つけたんです。
わたしが必要としていたのは一片の誤謬もなく伊井さんでした。あなたに会うのをわたしのなかの「わたし」はずっと待っていました。そしてわたしを必要とする人が伊井さんであればとも思いました。でもそれは叶いませんでした。今、伊井さんはわたしのそばにいてわたしの話を聞いて手をつないで抱きしめさせてくれて、それでもあなたが必要としているのは「わたし」ではないということは、最近、はっきりわかったんです。ただわたしはあなたを好きだし、あなたもわたしを好きだし、好きでいることに必要とすることが必要であるわけではないのだとはもう知っていました。必要とすることが好きでいることよりも尊くて揺るぎない想いであることも知っていました。だからきっと伊井さんのなかを支えているのはわたしではないんです。伊井さんが違うと言っても。
悔しくはないんです。だって伊井さんを切なく想って伊井さんに切なく想われているのはわたしだから。それに伊井さんが必要としているあの人が持っているものをわたしは持っていないから、しようがないというか、あたりまえなんです。たとえあの人とおなじものをわたしが持っていても、あの人しか伊井さんに必要とされないだろうとさえ思います。あの人だからふれられる伊井さんの感情があるのでしょう? わたしは弱いから、あなたにふれることも臆病で、すがってばかりで、だから伊井さんを必要としたそのときから必要とされないことはわかっていたんです。
ああ……。好きです。あなたが好きです。あなたがわたしを救ってくれたんです。あなたが早く救われますように。あなたを好きなあの人があなたを救って、あの人に幸せになってもらいたくてあの人の恋を拒んだあなたの望みのとおり、あの人が幸せになりますように。きっと、そうしてはじめて、あなたと好きあえる。
ごめんなさい、会いたくなりました。抱きしめに行ってもいいですか?
インソムニア=不眠症